AI小説:『私は、APIと生きる』1章

のどかは便り
この記事は約4分で読めます。

1章:痕跡を追う者

俺はキーボードを叩く指に力を込めた。この世界のどこにでも転がっている情報。その海の中から、たった一つの、しかし俺の心をざわつかせる波紋の発生源を突き止める。それが、システムエンジニアとしての俺の腕の見せ所だ。

スマートグラスの視界には、多種多様な情報が矢継ぎ早に流れていく。APIのリクエストヘッダ、タイムスタンプ、ユーザーエージェント。標準的なログ解析の手法だ。アクセス元のIPアドレスは、いくつかのプロキシを経由して偽装されていたが、そんなものは俺の解析能力から逃れられない。幾重にも重ねられた偽装のレイヤーを一枚ずつ剥がしていく。

「面白いね、これ。」

独りごちた。まるで、熟練のハッカーが仕掛けた巧妙なトラップのようだ。しかし、その奥に潜む「癖」のようなものが、少しずつ見えてくる。特定のOSバージョン、特定のネットワークプロトコル、そして、わずかに残された、特定の開発環境の匂い。

辿り着いたのは、172.16.5.123というローカルIPアドレス。 そして、そのIPアドレスが接続されているグローバルIPアドレスを逆引きすると、馴染みのあるドメイン名が浮かび上がった。

「…emotion-guidance-system.test.lab

俺は息を呑んだ。まさか。 そのドメインは、俺自身がかつて関わっていた、あのプロジェクトのテストサーバーを示すものだった。

「エモーショナル・ガイダンス・システム」。 数年前、俺がまだ大企業に勤めていた頃、極秘裏に進められていた巨大プロジェクト。人々の感情データをリアルタイムで解析し、最適な行動を提案する、あるいは誘導するシステムだ。 例えば、ユーザーが「少し気分が落ち込んでいる」という感情ログを吐き出せば、システムは即座に「近くの公園を散歩する」という行動をレコメンドしたり、「気分を高揚させる音楽プレイリスト」を自動生成したりする。 究極的には、個人の幸福度を最大化し、社会全体の生産性を向上させるという壮大な目標を掲げていた。

しかし、そのプロジェクトは凍結されたはずだった。 あまりにも倫理的な問題が大きすぎたからだ。人の感情を読み取り、行動を誘導する。それは、人間の自由意志をどこまで尊重するのかという、根源的な問いを投げかけるものだった。政府や倫理委員会の介入により、開発は中断され、プロジェクトチームは解散。テストサーバーも、完全にシャットダウンされたと聞いている。

なのに、なぜ、そのドメインが今、俺の感情ログAPIにアクセスしている? しかも、俺の個人情報に。

「まさか、密かに再開しているのか?」

頭の中に、ある人物の顔が浮かんだ。 エディ。 フルネームはエディントン・ブラウン。あのプロジェクトの最高責任者で、俺の直属の先輩だった男。 切れ者で、情熱家。そして、その情熱ゆえに、時に周囲が見えなくなる危うさも持っていた。 彼は、このシステムこそが、情報公開社会における人類の「進化」だと信じて疑わなかった。

俺はすぐに、エディのパーソナルAPIを叩いてみた。 彼の今日の位置情報は、都心にある老朽化したデータセンターを示している。あのテストサーバーが置かれていた場所だ。睡眠時間は、わずか3時間。心拍数は通常よりも高く、極度の集中状態にあることを示唆している。

「やっぱり、お前か…エディ。」

彼のAPIデータは、まるで彼の決意と執念を語っているようだった。 俺は急いで荷物をまとめ、家を飛び出した。 向かうは、都心のはずれにある、古びたデータセンター。 そこには、俺の感情ログを覗き見た犯人と、凍結されたはずの「エモーショナル・ガイダンス・システム」の真実が待っている。 そして、それはきっと、俺自身の「のどかは」たる存在意義を揺るがすものになるだろう。

俺は、もう何も迂闊に言えない。いや、迂闊な行動すら、APIを通して記録されてしまう。 しかし、今、俺は行く。 このままにしておくわけにはいかない。


コメント

目次
タイトルとURLをコピーしました