AI小説:『私は、APIと生きる』2章

のどかは便り
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2章:再開の場所、再燃するシステム

都心のはずれにある、古びたデータセンター。外壁には長年の汚れがこびりつき、窓はほとんどなく、まるで情報時代の墓標のようだった。エディのAPIが示す座標は、この建物の最奥部だ。

錆びた通用口をこじ開け、薄暗い廊下を進む。機械油と埃の匂いが鼻をつく。奥から、微かな電子音が響いてくる。俺はスマートグラスを起動し、周囲のネットワークを探った。複数のWi-Fiアクセスポイントが検出される。その中に、見覚えのあるSSIDを見つけた。「EGS_LAB_ALPHA」。やはり、エモーショナル・ガイダンス・システムのテスト環境だ。

重厚な扉の向こうから、さらに強い電子音が聞こえてきた。軋んだ音を立てて扉を開けると、そこには無数のサーバーラックが立ち並ぶ、かつての光景が広がっていた。ぎっしりと並んだサーバーは青い光を放ち、データが絶え間なく流れていることを示している。室温は低く保たれているが、部屋全体に熱気がこもっているように感じられた。

そして、その中央に、懐かしい背中があった。 白衣を羽織り、乱れた髪をかき上げながら、複数のディスプレイを見つめる男。

「エディ…!」

俺の声に、エディはゆっくりと振り返った。彼の目は、数年前と変わらず、しかし以前よりもさらに深い狂気にも似た情熱を宿していた。疲労困憊の顔には、生々しいオイルの汚れがついていた。

「のどかはか…。なぜここにいる?」 彼の声は、意外性よりも、むしろ来るべきものが来たという平静さを帯びていた。

「なぜって…俺の感情ログAPIにアクセスしただろう。あのテストサーバーから!」

俺はスマートグラスの画面を彼に見せた。アクセスログの証拠を突きつける。 エディはそれを一瞥すると、皮肉っぽく口角を上げた。

「さすがだな、のどかは。お前の腕は鈍っていないようだ。…ああ、そうだ。私がアクセスした。」

彼はあっさりと認めた。まるで、それが当然の権利であるかのように。

「なぜだ!?あのプロジェクトは凍結されたはずだろう!それに、非公開設定の俺のAPIに、なぜ勝手に…!」

俺の問いかけに、エディはため息をついた。 「凍結されたのは建前だ。あのシステムがどれほどの可能性を秘めているか、お前も分かっているだろう。私は、止めることなどできなかった。そして、非公開設定?ふん、のどかは。このAPI社会において、本当に“非公開”などあり得るのか?」

彼の言葉は、俺の胸に突き刺さった。それは、この世界の根本的な矛盾であり、俺自身が目を背けていた真実でもあった。

「私は、あのシステムが世界をより良くすると信じている。人々が真の幸福に到達するための、究極のツールになり得る。」

エディは熱弁を始めた。その瞳は、サーバーラックの光を反射してギラついていた。 「考えてみろ、のどかは。この世界は、情報で溢れている。誰もが誰かのAPIにアクセスし、分析し、時には利用する。だが、その情報の海の中で、人々は本当に『幸福』なのか?AIは最適なレコメンドをするが、それは本当にその人のためになっているのか?」

彼は俺の顔を覗き込んだ。 「私は、あの時、気づいたんだ。情報がどれほど公開されていても、人間は、見たいものしか見ない。そして、見えないものにこそ、真実が隠されているのだと。」

彼の言葉は、どこか悲劇的な響きを帯びていた。俺は、彼の過去の悲劇、ある人物の感情情報が見えず、救えなかったという噂を思い出していた。

「私は、このシステムで、その『見えないもの』をも明らかにし、最適化する。感情の揺らぎ、無意識の欲求、隠れたストレス。それらを全て解析し、個人に、そして社会全体に、真のガイダンスを与える。それこそが、この情報公開社会の、究極の姿だ!」

俺は言葉を失った。エディの情熱は、確かに人を惹きつける力があった。彼の語る世界は、ある意味で理想郷のようにも聞こえた。全てが最適化され、誰もが幸福を享受する世界。

しかし、その幸福は、誰かに管理された幸福ではないのか? 俺たちは、ただのデータに還元され、プログラムによって誘導される存在になるのか?

「だから、お前のAPIを試した。最も複雑で、最も予測不能な感情ログを吐き出すお前を、最高のテストベッドとしてな。」

エディは、再びディスプレイに向き直った。彼の指が、光の粒が飛び交うホログラムのインタフェースを軽快に操作する。そこには、俺の感情ログが、他の無数のデータと複雑に絡み合い、解析されていく様子が映し出されていた。

「私の試みは、成功している。あとは、このシステムを稼働させるだけだ…。」

彼の言葉の響きは、かつての傲慢な情熱とは少し違っていた。そこには、背水の陣で臨む者の、切羽詰まった覚悟のようなものが感じられた。

俺は、エディの言葉に反論しようとした。しかし、その時、部屋中のサーバーから、これまでとは異なる、異常なアラート音が鳴り響き始めた。 赤と黄色の警告が、ディスプレイ全体を覆い尽くす。

「どうした…!?」 エディの声に、焦りの色が混じった。

何かが、おかしい。 システムの根幹が、揺らいでいる。 これは、俺の感情ログにアクセスしただけの問題ではない。 もっと大きな何かが、このデータセンターの、そしてこの世界の裏側で、動き始めている…!


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