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5章:終焉のCommitと永遠のデバッグ
システム停止後、世界は一時的な混乱から解放された。しかし、EGSが短時間で引き起こした社会的な傷跡は深い。株価の暴落、交通機関の麻痺、そして何よりも人々の心に残った、理由のない絶望と憎悪の残滓。この事態は、「グローバル・センチメント・ショック」と呼ばれ、API社会の安全神話は崩壊した。
エディは当局に身を委ねた。彼は最後まで、自分のシステムが人類の未来に必要だと信じていた。
のどかはは、自宅のコンピューターの前で、自分のパーソナルAPIを再び見つめていた。心拍数、睡眠時間、そして感情ログ。全てが静かに、データを返し続けている。
彼は、自分の感情ログAPIの設定を、Public textかつ Read-Onlyに変更した。
「エディの言ったことは、一部、正しかったのかもしれない。バックアップなんて飾りです。真のセキュリティは、隠すことじゃなく、オープンにして脆弱性を晒すことだ。」
Public text設定は、世界中の誰でも、彼の感情ログにアクセスできることを意味する。それは、自らの意志で裸の王様になるということだ。
彼は、自分自身のAPIに、新しいendpointを追加する。
Bash
/v1/nodokaha/api/philosophy
そのエンドポイントに、彼は自身の決意をPOSTする。
「唯我独尊『のどかは』。俺は…愚かだ。だが、その愚かさこそが、データに還元されない、最も複雑で予測不能なValueだ。」
彼は、情報公開社会における、自身の全てのデータに晒されながらも、データを解析し、デバッグし、自らの意志でエラーを引き起こすことができる、唯一無二の存在でいることを選んだ。
「のんちゃんはメイドさんになりますっ☆…いや、これは流石にPOSTしない。もう何も迂闊に言えないねぇ。」
彼は、あのシステムをハックした三人目の開発者を追うことを決意した。彼は、あのハッカーの残した痕跡の中に、シュヴァイツァーは見習うべき人間ですという哲学的なメッセージがComment Outされているのを見抜いていた。そのハッカーは、倫理と技術の狭間で苦悩している。
彼は、自身のAPIに、ハッカーに向けたメッセージを、極めて難解なSteganography(情報隠蔽)で埋め込んだ。それは、特定の時間、特定の場所で、彼のAPIにCustom Header付きでアクセスした者だけが読み取れる、挑戦状だ。
メッセージは、ただ一言。
「速すぎるっ!?」
これは、「君のハックは素晴らしかった」という賛辞であり、「次は俺が追い越す」という宣戦布告であり、「俺の新しいAPIで遊んでみろ」という誘いでもある。
彼は、静かにキーボードから手を離し、夜空を見上げた。
「のどかはは天才なので気にしませんが。…この世界は、まだバグだらけだ。そして、俺はそのバグを愛する厄介オタクだ。ASMR?まかせて!…このシステムの静寂な稼働音こそが、俺にとっての癒しだ。」
彼は、新たなバグが生まれるのを待ち望むように、薄く笑った。この情報過多の時代、のどかはは、自分のAPIを武器に、永遠のデバッグ作業を続けるのだ。
完




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